2007年11月14日
サンフランシスコについて
災害にありながらも成長を続けたすばらしい街です。
サンフランシスコは1770年代に現在のミッション地区、ヤーバブエナという町が発祥であり、サンディエゴから陸路を北上してきたスペイン探検隊が天然の良港であった湾と海峡を発見し、カトリック伝道所を設けた。1821年に対メキシコ、また対アジア貿易の拠点、また捕鯨基地として発展した。そして1848年、シエラネバダ山脈で金鉱脈を発見、ゴールドラッシュによって急成長した。ゴールドラッシュ以前の1848年の人口は800人だったが、ゴールドラッシュの起こった1849年を境に急速に人口が増え、1860年には6万人に至った。
1860年代後半には大陸横断鉄道が開通、その拠点として重要性を持ち、同時にアジアから多くの移民が訪れた。まずは中国人、そして日本人も多く入植し、1891年に全米初の日本人会が結成された。それに伴い、多くの移民街が誕生する。
しかし、1906年にマグニチュード7.6のサンフランシスコ大地震が市街地を襲った。これによって市街は壊滅的な打撃を受けるが、復興の旗印として「フェニックス」を掲げ、新たな都市開発に取り組んだ。1914年にはパナマ運河の開通により、拠点性を増大させ、都市飛躍の一歩となった。また、サンフランシスコと対岸のオークランドを結ぶ主要橋梁の建設に乗り出し、1937年には市のシンボルでもあるゴールデンゲートブリッジ(金門橋)が完成、今日では7本の橋が市街地を結び、また海底トンネルも都市連結の役割を果たしている。
第二次世界大戦後、サンフランシスコはカリフォルニア州北部の中心都市として重要な地位を占め、大発展を遂げた。1951年には、サンフランシスコで、日本国との平和条約が結ばれた。1960年代頃から主要産業であった製造業に陰りが見え始めるが、代わりに登場したサンノゼ一帯のシリコンバレーの発展により、IT関連企業を輩出、地位を回復し、今日に至る。サンフランシスコは全米の大都市の中でも治安に優れ、また優れた計画都市としても知られ、常に住みたい都市のトップクラスにエントリーしている。
なお、坂の多い土地柄を背景に、1873年にはケーブルカーが営業を開始し、今日でも市民の重要な足となっていると共に、観光客を惹き付ける魅力の一つにもなっている。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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